物置で暮らす生活③

「家に帰るのが、一番しんどいって何なんだ」

仕事終わり、日付が変わった夜道を、
ガラガラの自転車で走ってた。

職場から家までは30分ほど。
でもあの頃の私には、
果てしなく遠くに感じた。


“ふつう”なら、家って
帰ればホッとする場所じゃないですか。

でもあの頃の私は、
「帰ること」=「消耗すること」だった。


身体はクタクタなのに、
心が家を拒否してた。

癒しのはずの場所が、
こっちを削ってくるってどういうこと?


家の灯りが見えると、心がざわつく。

「あ、まだ起きてる……最悪」

“あの人”の声も顔も気配も、すべてを感じたくなかった。


公園で時間をつぶした。

静かなベンチに座って、空を見た。

しんどい夜に限って、月ってやたら綺麗なんです。


何も考えてないふりしながら、
ほんとはずっと考えてた。

「今日もあの空間に戻らなきゃいけないのか」って。


灯りが消えたのを確認してから、やっと鍵を回す。
自分の家に帰るのに、完全に泥棒ですよ。


音を立てないように靴を脱いで、
廊下を忍者みたいに歩いて、
呼吸すら気を使ってた。


「この家の中で、“存在しないこと”が一番正解なのか?」

そんな疑問が、夜中に浮かんでた。


ある朝、職場で着る制服だけが洗われてなかった。

たまたまだと思った。
……次の日も、同じだった。


それが、最初のサインだった。

「お前のことは、もう知らない」
そう言われたような気がした。


それからは、自分のものは全部自分で。

仕事前に洗濯、
帰ってきて取り込み、
干す場所は奥のベランダ。


たまに、深夜遅くまで受験勉強してる子どもに会えた。
それが、唯一の接点だった。


ある日、洗濯物が落ちてた。いや、落とされてた。
ぐちゃぐちゃのまま、濡れたシャツが地面に。

風なんか吹いてない。
明らかに、意図的だった。


あれは、きつかった。


それからベランダに干すのはやめた。
寝ている物置部屋に突っ張り棒を付けて、室内干し。


その日を境に、
家の中で自由に使えるスペースがどんどん減っていった。

玄関、トイレ、風呂、寝るだけの部屋。

リビング?キッチン?
そこはもう、他人の領域だった。


かつて子どもたちの笑い声があふれてたリビングは、
今じゃ私にとっては立入禁止エリア


薄い布団、少しの衣類。
まるでホームステイ中の旅行者みたいに、
自分の家で呼吸してた。


廊下の先から笑い声が聞こえる。
でも、そこに自分の席はない。


輪の中にいたはずなのに、
いつのまにか画面の外側に立たされていた。


この家はもう、“帰る場所”じゃなかった。

ただ寝に帰る場所。


風呂に入って、音を立てずに布団へ。
感情はゼロ、機能だけが残ってた。


心の居場所がないまま、
私は毎晩その部屋に転がり込んでた。


家にいるのに、
どこにも“居場所”がなかったんです。

反撃のたぬき語録

「家庭内別居って、自分が家具になった気分なんです。

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