懐事情
家に入れてた金の話をしようと思う。 愛とか信頼の話じゃなくて、現金の話。 他人の懐事情は興味があるでしょ?
言うなら “差し出してた命の切り売り”の話。
店を独立してオープンしたのは30歳のときだった。 ありがたいことに、開店から3ヶ月ほどで売上は安定し、軌道に乗った。
それ以降、額面で月35万。 それとは別に光熱費、通信費、保険料、ぜんぶ私の口座から支払っていた。 合計で月に40万以上は家に入れていたことになる。
当時、私は30歳。 統計を見ると、同世代の男性の平均手取りはおよそ25〜28万。 子どもが3人いて、それだけ出せてる家庭は、なかなか少ないようだ。
他が月末に“もやしと麺だけの焼きそば”で乗り切ってる頃、 うちはまだ、ホットプレートで焼肉ができる余裕があった。
まあ、それは言い過ぎかもしれないけど、それなりに裕福な方だったと思う。
それでも数回、
「もう少し家にお金入れられない?」なんて言われたことがあった。
私の財布は、蛇口のようなものだと思ってい、 回せば出ると思われてた。 でも、どこから、どうやって水が来てるかを気にはしていなかったと思う。
建前は法人でも、中身は個人事業主。 売上と経費の波に揉まれながら、日々“沈没しない経営”を死守してた。
税金も、どう申告すれば家計が軽くなるか。 どの控除が今の我が家に効くのか、税理士に相談しながら、実行していた。
外食、学費、習い事、旅行にも行った。 他から見たら不自由ない生活をしているように見えただろう。 実際そうだったし、そうなれるようにがんばっていた。
朝から晩まで店に立ち、売上が落ちた日は落ち込みながら改善策を練り。 子どもの前では疲れを見せないように、深夜にひとりでため息をつき。 家族が安心して暮らせる日々を作るために、自分の不安や限界にはフタをして。
あの人は専業主婦で、家にいた。
一度、働きにでてはと話したことがあったが、無料の求人ペーパーを、ペラペラめくる動作をしているだけで何年も経っていた。
離婚の話をしたとき、言われた。
「わたしのおかげで店が出せたんでしょ?」
その言葉で、心の熱がすっと引いていった。
もちろん、全部が全部否定する気はない。 店を立ち上げた時の不安も、支えてくれた時間も、ちゃんと覚えてる。
でもさ、知ってる?
朝から日付が変わるまで働いてた私を。 人が定着しい時期、求人も間に合わず、一人で店に立ってた日。 理不尽なお客に怒鳴られて、暴れられ殴られたこと。 それでも次の日には、何事もなかったみたいに店を開けた。
私だけが、がんばったわけじゃない。 あなたも、子どもたちのことや家のことを見てくれていた。
お互いに、それぞれの立場で、それぞれの形で頑張っていたはずだ。 だから本当は、どっちがすごいとか、どっちがダメだとか、そういうことじゃなくて
お互い様で成り立つものだと思う。
“おかげ”って言葉には、立場の逆転がある。 あれは「ありがとう」じゃなくて、「やってやった」に聞こえた。
家族がうまく回ってたのは、“わたしのおかげ”。 店で働けてたのも、“わたしのおかげ”。 そう聞こえた。
でも、支えてたのは、どちらか一方じゃない。 互いが「当たり前」の事をして、自分の全部を差し出してたから成り立ってた。
それだけの話。
反撃のたぬき語録
「感謝されなかった努力は、なかったことになる。」
コメント